【思ひ出】長崎の街が好き。

"そこかしこ"に好きな街があるのだけど、
一つ選べと言われればさほど迷わずに長崎と答えてしまう。

大学四年の夏と秋。
卒業旅行代わりに長崎を訪れた。

もといこのサイトのギャラリーにある
軍艦島への取材のためだ。

僕にとってこの旅行は特別なものだ。
四年近くたってもその道程をかなり詳細に覚えている。

軍艦島という廃墟の島に思いを馳せていた。

きっとその島に立つ僕は
何か違うものを見つけているに
違いないと思っていた。
武者震いする様な体験を求めてた。

そのことを今覚えている限り、
書き残しておきたいと思っています。

なのでいつにも増して、
冗長な文章であることを許して下さい。


最初の長崎旅行は、
十八切符で行く旅であった。

高校時代からの同級生、男三人、
鈍行列車に揺られ、
往復四十八時間の道のり。

若さに溢れていたのだと思う。
煩わしさなんて微塵も感じなかった。

東海道線に揺られ、
途中、何度か乗り継ぐこと七時間ぐらいだろうか?
京都で途中下車し、夜行列車を待つ。

最初の夜は京都から広島に向かう
列車の中で一泊する。

ただのリクライニングシートで寝る。
すでに腰骨が限界、
レールの継ぎ目の振動が辛い。

京都から広島が夜行普通列車で
五時間も掛かることをこの旅で初めて知る。
東京に住み続けていると
京都も広島も同じぐらい“西”に思われていた。

広島に付いてからも
引き続き、始発列車に揺られ西へと向かう

小倉で乗り継ぎの列車を待つ間、
早朝の駅前を散策。

モノレールの高架が街並に表情を与えている。
まるで、千葉の駅前を思わせた。
千葉から千キロは離れているだろうか?少し切ない。

昼頃大分の別府駅に着き、
途中下車して別府タワーから海岸線を一望した後、
(幼き頃、親と上った飛鳥山の回転タワーを思わせ、なんともアンニュイだ。)
駅から歩いていかれる竹瓦温泉に浸かる。

この旅、最初の温泉であった。
かなり熱めで長湯には向かないが、
天井の高い本格的なお風呂はかなり気持ちがいいものだ。
何時間でも居たい。

本数の少ない黄色いディーゼル列車に乗って湯布院に向かう。

湯布院というところはとても敷居の高い宿ばかりなのだけれど
素泊まりで3千円強で泊まれる
徳永荘という民宿を駅で紹介してもらい歩いて探す。

湯布院への寄り道した理由は、
台風が九州に近づいていたから。

外洋に位置する軍艦島に渡るには、
シケて条件が悪くなっている為に
一日長崎に向かうことを遅らせるためだったように思う。

湯布院に降りたのは午後三時頃だろうか?
山間(やまあい)の風がとても清々しい。

湯布院というのは山間の平地にある
とても小さいけれど風光明媚な温泉地。

歩きでだいたい把握できるほどの狭い街だ。

湯布院は他の温泉地と異なり
ケバケバしい看板が全くない。
とても統制が取れた町づくりをしている。

徳永荘に付くと孫娘と思しき十代ぐらいの女性に
とても無愛想に鍵と部屋の説明を受けた。
母屋にいた祖父母はもう少し田舎風情だったのだが。
(この辺りもかなり記憶はおぼろげだ。)

とは言え、単なる民家の有り様に、
けして不満が有る訳ではなく、
キッチンは自由に使えるし、
狭いけど外の小屋の中に岩風呂まで付いてる。

僕らにとって願ったり叶ったりの充実設備だった。

荷物を置いた後、
街の散策がてら、
川沿いを歩く。

土手の夕焼けの中を
少女が柴犬を連れて歩く美しい景色に、
皆で感動する。

旅の刹那が感動を助長する。

湯布院が東京から飛行機と特急乗り継いで
半日程度で来られる場所で有っても関係ない。

鉄道で旅する僕らにとって二十四時間以上掛けて
来た(そしてそれ以上を掛けて帰らねばならない)
異国であることに違いない。

金鱗(きんりん)湖という小さな湖(というより池と言ったところだろうか)のほとりにある
二百円ぐらいの混浴露天風呂に浸かる。入り口のポストにお金を入れる。
中には僕らしか居ない。

女性客が来ることを少し期待しながら、湖を眺める。
ほとり歩く観光客からこちらは丸見えで、
まずここを女性が訪れることはあるまいと思っていた。

やはり一組の女性客が脱衣所を覗いては
入らずに出て行くのであった。

金鱗湖からの帰り道、
駅から宿までの道すがら見かけたスーパーへ
夕飯を買いにいく。

パスタとレトルトのトマトソースとナスとお酒を少々買い、
宿に戻り、調理を始める。

もう意識も朦朧(もうろう)としていたのだろう、
ほとんど記憶が定かではない。
ナスのトマトソーススパゲティを
食べ終えるといつの間にか眠りに落ちていた。

翌朝は早くに起きた。
二十時間以上の鈍行列車の旅で
相当な疲労があったのにと、今さら思う。

思いのほか早く寝てしまったからだろうか?
それとも寝てるのが勿体ないほどの
この旅への期待感からだろうか?

朝、僕らは再び金鱗湖まで前日の土手沿いを
歩いていた。

内心、僕らは、昨日の少女が柴犬を連れて
土手を歩いていることに期待を膨らませていたけれど、
些細な下心が叶うことは無かった。

金鱗湖の帰り道、
青々とした田んぼの脇に見えた神社に寄る。

神社の池には鯉が優雅に泳いでいた。

わずかな賽銭を放り、
この旅行がうまく行くことと
明るい未来を願う。

大学四年の自分は就職活動にも消極的で
未来はとても漠然としたものだった。
結局、今も未来が漠然としていることは変らない。
未来というのは漠然としているから未来なのだろう。

湯布院を出る前に、
もう一件他の宿のお風呂に入る。

とても名残惜しい気持ちで、
徳永荘をチェックアウトし、
湯布院駅に向かい歩く。

この旅行も三日目にして、
いよいよ長崎の街に入る。
僕らの期待はいや応なく膨らむのでした。

(この続きはまたいつか書きたいと思います。)

yuji at 2005 02/07 03:01:47

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Comment

sachico at 2005 02/08 10:56:21
いつにも増してポエジーね 旅に行きたくなった
yz-works at 2005 02/08 17:36:55
僕も旅に行きたい。 ああ。 北園OB+でいく 慰安旅行。 楽しみだね。 待ちきれない。
ksk(同行者) at 2005 02/13 01:14:50
よっくおぼえてんなー 徳永荘の家族構成なんておぼろげどころか国会中継並みに「記憶にゴザイマセン」よ 湯布院の朝も記憶にない 風呂入ったっけ? ええー? つづきが読みたい ワシの記憶を蘇らせてくれ

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